ヴァイオリン関連CD、DVD、書籍ご紹介

ウィーンフィルのコンサートマスター|ワルター・バリリ回想録

ワルター・バリリ著 「ウィーン・フィルとともに」

ウィーン・フィルとともに
ワルター・バリリ回想録

ワルター・バリリ著 岡本和子訳
音楽之友社
ISBN978-4-276-21793-5

ワルター・バリリと言えば、名門ウィーン・フィルのコンマスとして良く知られていますが、52歳のときに右ひじの故障から現役を引退、その後は教育者としての道を歩みます。
2001年には日本で弦楽四重奏のレッスンを行いTVでも放映されました。確かベートーヴェンの弦楽四重奏曲作品18-4だったと思うのですが、受講したクァルテットのメンバーに、16分音符がきちんと聴衆に聴こえるテンポで弾きなさいと、速過ぎるテンポを注意していたのが印象的でした。
実際、バリリ四重奏団の演奏はどれも落ち着いていて、ニュアンスに富んだ味わい深い演奏です。また、技術的なことでは、できるだけシンプルなフィンガリングを使うようにと1stヴァイオリン奏者に指摘していました。
「ファースト・ポジションで弾けるのなら、なぜそれで弾かないのですか?」と彼は言っていました。これは、音のクリアさや音程の安定感が失われるのなら、無理せずに下のポジションを積極的に使えということだったと思います。

バリリSQのベートーヴェン弦楽四重奏曲全集1938年、ワルター・バリリは17歳の若さでウィーン国立歌劇場管弦楽団およびウィーン・フィルに入団、翌年から両団のコンマスを務めました。また、1945年からは「バリリ四重奏団」を結成。数々の室内楽の名演を録音いたしました。なかでもベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集(UCCW-1007)は名盤として誉れ高いものですね。現在でも格調高い名演としてその素晴らしさは語り継がれています。
モーツァルトヴァイオリンソナタ集・バリリまた、ソロとしてもモーツァルトのソナタ集(UCCW-1007)、弦楽四重奏曲集、協奏交響曲、バッハの協奏曲等の名盤を残しました。

これまたノーブルな名演の数々です。

演奏家として、コンサートマスターとしての卓越した技量を証明するエピソードが本の中に書かれていましたので、それを引用いたします。

 

コンサートマスター就任早々、力量を試される場となったのが、リヒャルト・シュトラウスの《町人貴族》組曲のレコーディングだった。この作品の中で弾かれる「仕立て屋の踊り」には、重音奏法での跳躍など、超絶技巧を要するヴァイオリン・ソロが多い。また当時の録音技術は今ほど成熟しておらず、1940年代にはまだテープをカットして編集することができなかった。このときの録音の指揮者はクレメンス・クラウスだったが、よりによって「仕立て屋の踊り」のところでオーケストラは何度も小さなミスを犯し、わたしはソロを何回も繰り返し弾く羽目にあった。
「あんたも一度くらい音を外したらどうかね?」とクラウスは冗談口調で言ったが、わたしは「すみません。このようにしか弾けないのです」と答えた。
すると首席ヴィオラ奏者で名教師としても知られるモラヴェッツ教授がすかさず、「このバリリって奴は尋常じゃない左手のテクニックの持ち主で、何でもすんなり弾けてしまうんですよ」と指揮者にむかって言ったという想い出話がある。

このように卓越した技術を持ちながら、決して鋭角的な演奏にならないのが、ワルター・バリリの凄いところだと思います。モーツァルトなど、実にさりげなく弾いているのですが、それを他の者が真似するのは非常に難しいでしょうね。

この本で私が最も注目した箇所は彼の使用楽器について本の中で触れられていたこと。こういった弦楽器奏者の著書では、楽器についても語られていることが少なくなく、そういった箇所を発見するのはこの上もない喜びでもあります。
その部分を引用しておきます。
ジャン・バプティスト・ヴィヨーム:バリリの愛器
 わたしの愛する楽器について少し話をしておくべきだろう。芸術家としての人生をずっと共 に歩んでくれた彼女はフランス生まれで、1830年にパリでジャン・バプティスト・ヴィヨームによって製作された。そして1940年、ウィーンの有名なヴァイオリン製作者カール・カルテンブルンナーの店でわたしは彼女を手に入れた。
(左写真の楽器)

ということは、ウェストミンスターの録音等で聴けるワルター・バリリの演奏は皆このヴァイオリンで演奏しているということなのです。
この本の表紙の写真からも、うっすらですが楽器の象嵌細工がダブル・パーフリングであることが確認できますね。表紙のヴァイオリンもこのヴィヨームに違いありません。
これまで、バリリがヴァイオリンを持っている写真というものを私は見たことがなかったので気付きませんでしたが、ヴィヨームだったというのは初耳で少なからず驚きました。ヴィヨームでもストラドやデルジェスのコピーではなく、マッジーニのコピーですね。確か松山冴花が使用しているヴァイオリンもこのマッジーニコピーだったと思います。

上記のモーツァルトのソナタやバリリ四重奏団の録音で聴くことができる、あの暖かい気品あるバリリのヴァイオリンの音色は意外にもこのフランスの名器、ヴィヨームのものだったのかと、今回改めてCDを聴き直して感慨深く思いました。


優秀録音CD・ロッシーニ:弦楽のためのソナタ 全集| イタリア合奏団

ロッシーニ:弦楽のためのソナタ 全集 CD

COCQ 85110-1
ロッシーニ:弦楽のためのソナタ 全集

ロッシーニ:弦楽のためのソナタ 全曲
ドニゼッティ:弦楽四重奏曲第3番、第5番(弦楽合奏版)

イタリア合奏団
録音:1987年7月、8月   コンタリーニ宮

弦楽器の響きの美しさでは傑出した優秀な録音のCDですね。きっとどなたにも弦の魅力をたっぷりと味わっていただけることと思います。

私もかつてはオーディオ装置のチェックには必ずこのCDを使っていました。それは人口臭が無く、弦楽器の生の音に極めて近い雰囲気を持ち、なおかつ録音会場の豊麗な響きをたっぷりと収録したものだったからです。
デジタル時代になってからしばらく弦楽器の再生は難しいと言われていました。それはもちろん再生する装置の側の問題もあるわけですが、それだけではなく、実は録音側にも問題はあったのです。
打楽器やピアノのようなパルス成分の多い楽器の録音に対しては、リニリアティの良いデジタル録音がアナログ録音を確実に凌駕した感が強かったものの、弦楽器の音に関してはそうでもありませんでした。むしろ、弦楽器の質感が冷たかったり、高域が金属的であったりと、どうしてもしなやかさや艶のようなものが足りないという印象が、デジタル録音初期には強かった記憶があります。
DENONレーベル(日本コロンビア)ではこの問題を無指向性マイク(B&K社製)を使用することや、場合によってはワンポイント録音なども試みるなど、マイクアレンジ等でデジタル録音の問題点を解決しようとしていました。それによって得られたのはナチュラルな音場感でした。このCDはそういった一連の技術的なアプローチの中での成功作と言えるでしょう。

まず、録音した空間(コンタリーニ宮)の素晴らしいアコースティックがあると思います。
DENON、イタリア合奏団は好んでこのコンタリーニ宮で録音をしていますが、本当にうっとりするような響きです。(このロッシーニの録音ではありませんが、別の録音時のレポートが 高木綾子「イタリア」録音レポート にありました。)弦楽器とこのコンタリーニ宮の音響の相性は抜群ですね。
残響は豊かなのですが、フォーカスはしっかりしていて細部がぼやけることはありません。高弦がとても艶やかで華やかですが、神経質な響きではなく暖かさを感じさせてくれます。
透明で透き通るようなガラスのようなツルツルに磨き上げた美音ではなく、微妙な毛羽立ちがある布の表面のような音なのです。弓で弦を擦って音が出るまでの微かなざわめきのような雰囲気を良く表しているように思います。
そしてコントラバスが所々で大活躍するのですが、ゴリゴリしたタイトな低音ではなく、軽やかで伸びやかな音に録れています。それがまたコントラバスのユーモラスな側面を良く表しているようで、思わず笑みがこぼれます。

屈託のない伸びやかな演奏もまた、曲想に良くマッチしています。まさにイタリアのカンタービレ!一部音程があやしかったり、アンサンブルが乱れたりするところもありますが、この演奏にそんな重箱の隅を突っつくようなコメントは野暮と言うものでしょう。モーツァルトとはまた違った愉悦感溢れる極上の音楽がここにあります。

この「弦楽のためのソナタ」が作曲されたのはロッシーニが12歳のとき。そういった早熟の天才という意味でもモーツァルトに通ずるものがありますね。
6曲のソナタは弦楽4部、ヴィオラを抜いたヴァイオリン2、チェロ、コントラバスというちょっと変則的な編成で演奏されます。管楽4重奏でも演奏される機会がありますが、オリジナルはこちらの弦楽版です。

現在はCOCO-73144-5 ブルースペックCD仕様で再発されています。


ドヴォルザーク:スラヴ舞曲 全曲 ノイマン チェコフィル・EXTON

エクストン・ラボラトリー・ゴールドライン CD

OVXL 00067
ドヴォルザーク:スラヴ舞曲 全曲

指揮:ヴァーツラフ・ノイマン
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1983年10月 ドヴォルザーク・ホール

このCDはエクストンレーベルの『エクストン・ラボラトリー・ゴールドライン』の中の一枚です。

エクストンの公式HPに因りますと、このシリーズの特長は

1. 同レーベルの中でも音楽的、オーディオ的に高品位なものを厳選。
妥協を排したリマスタリングが施され、SACDハイブリッドとしてリリースします。

2. オリジナル・マスターからのリマスタリングを行い、膨大な種類のアクセサリー類より最適合なものを厳選し使用。
高精度クロックや電源そのものの見直しなど、一切の妥協を排した環境の中で作業されました。
DSDレコーディングされたものだからこその繊細な音場、空気感を実現。
アナログレコーディングされているものにはない再現性を獲得しています。

3. 非圧縮SACDハイブリッド盤(HQ-SACD)を採用。
当社が2007年より提唱している最上位SACDハイブリッド盤であるHQ-SACDは他社でも採用され、すでにマーケットに広く認知されているものです。

4. 高級感のある豪華デジパック仕様。

5. ブックレットには、担当エンジニアのコメントやレコーディングに使用した機材表、マイク・セッティング図を掲載。オーディオ・ファンは必見です。

だそうです。
お値段は3,800円とそれなりに高めなのですが、丁寧にマスタリングを施し手をかけて制作されたCDのようです。
リマスタリングは新スタジオで行われているようですが、そのスタジオは施工にあたって電源環境に徹底的にこだわり、電源共有専用の柱上トランスを設置した他、アース棒の埋設、高音質線材、部品の仕様など電源面から音質を追求したものになっているそうです。

さて、能書きはこれくらいにして、その効果はいかほどに?早速CDを聴いてみましょう。なおSACDは私の装置が対応していないので、感想はあくまでもCD層によるものであることを前もってお断りしておきます。

上記のように特別の対策の下で制作されたCDというと一聴して目の覚めるような音、分解能の高い音、つまりオーディオ的な快感に浸れる音を想像いたしますが、実際に出てきた音はあっけない程ナチュラルな音でした。
刺激的な成分が全く無く滑らかなのですが、決して角を丸めてしまって聴きやすくしただけの音ではありません。ホールの残響をたっぷりと録りながら、混濁、細部がもやもやすることはありません。ヴァイオリンの高域は絹のように繊細で滑らかに響きます。またコントラバスやバスドラの低音域もマッシブな塊として前に出て聴こえてくるのではなく、やや遅れて空間を包み込むように回り込んで聴こえて来ます。まるで良いホールで聴くオーケストラの空気感そのものと言える
でしょう。
DECCA録音、例えばショルティ、シカゴ響のような全ての楽器が眼前に並び、前へ前へと聴こえてくるような録音とはまさに対極的ですね。

最初の一音を聴いた時は、ちょっと物足りなく感じるかと思ったのですが、結局CD一枚全部聴き通してしまいました。それはあまりに音が心地よく、まるでホールの最上席で聴いているようなプレゼンスだったからです。音のチェックのつもりで聴いたのですが止めることを忘れて聴き惚れてしまいました。
それには録音、マスタリングの素晴らしさだけではなく、演奏の素晴らしさもあるに違いありません。自然で、どこか懐かしい温かい響きがしていました。ですから、きっとそれをずっと聴いていたいと思ったのでしょうね。

その辺のことは、プロデュサーノートとして江崎友淑が書いていますので、それを引用してみましょう。

ノイマンのスラヴ舞曲には決定的に他とは違うものがある。それは自身による細かい郷土愛から来る、舞曲の研究である。ポーランドのマズルカやポロネーズのように、ある種のパターンを持たないスラヴ舞曲には、多くの踊りのパターンがある。それらはボヘミアやモラヴィアに伝わる地方独特の踊りのリズムに起因するが、ノイマンは見事にそれらを踏襲して自分の音楽に、更にはチェコ・フィルの定番に成り得るように仕上げている。
-中略-
この録音は、ポニーキャニオンがチェコでの録音を開始し、マイキングなど色々な試行錯誤を繰り返していた時代のもので、この録音によって一つのパターンを決定付けた事を記憶している。
また紛れもなく、僕自身のチェコにおける録音エンジニアとしてのデビュー・アルバムでもあったのだ。
またこの録音はとりわけ特別なテクノロジーは一切無縁のものである。それは全くのCDフォーマット(44.1khz/16bit)で、DATテープで収録されたものであり、ハイbit、ハイサンプルには全く及ばないスペックだ。しかし、現在の最高フォーマットであるDSD録音のものと比べても何ら劣る事のない、鮮烈で、伸びやかなサウンドが展開する。僕は一人の指揮者のあらゆる音楽感や感性が80人を越す楽員の全てに行き渡ったからこそ起こりうる、一切の無駄の無い集中したエネルギーが、これらの音を生んだのだと確信している。
今回、エクストン・ラボラトリー・ゴールド・ラインとして、再マスタリングするにあたり、何度も聴き返してみたが、収録からかれこれ20年近い歳月を重ねたとは思えないほどの鮮度を感じる。今回のマスタリングでは、最新の注意で音の暖かさ、そしてそこにある当時のサウンドの記憶を巡らせながら、再現に努めた。

このCDの演奏を聴いて感じた自然なリズム感、躍動感。そしてどこか素朴な響き等の秘密はそれだったのですね。

江崎友淑は現在はEXTONレーベル、オクタヴィアレコードの社長ですが、元々は音楽家をめざし桐朋学園大学でトランペットを学んでいたという人物。
ポニー・キャニオン時代に海外で一連の出張録音を行い、それを見事に成功させたことはあまりにも有名です。それは日本人の録音のイメージを変えた、エポックメーキング的な出来事であったと言っても過言はないと思います。
ひとことで言って、彼の録音の特徴は鳴りっぷりが良いこと。ホールの響きが豊かで、オーケストラが豪快に鳴り響きます。
それまでの日本の録音というと、日本のホールの特性もあったかと思うのですが、どちらかと言うと綺麗で繊細だけれど静的でどこか冷たく、躍動感のある録音は少なかったように思います。
それに対して、江崎の録音は細部より全体の流れ、音楽の生命感のようなものを重視し、演奏会でのライブ感を大切にしているように感じます。
混濁を恐れるあまりに、ホールトーンを避けた音作りをするのではなく、積極的にホールトーンを入れているのも、音楽の生命感、ライブ感を大事にするからに違いありません。ホールも楽器のひとつと言われるくらい、欧米ではそれぞれが個性的で、オーケストラの音と密接な関係があるのですから・・。
それまでの日本人の録音がホルマリン漬けの標本のようなものとすれば、江崎の録音は血の通った生物といった違いがあるのではないでしょうか。

エンジニアではなく、音楽家出身であったこと。測定器的な耳ではなく音楽的な耳でCDを制作していったことが、彼の録音を成功させた要因なのではないかと確信いたします。
そして、それはこの『エクストン・ラボラトリー・ゴールドライン』においても貫かれています。物理特性を上げることの目的は、こけおどかし的な音を作るのではなく、CDの再生音を、より演奏会場のプレゼンスに近づけるためのことだったのです。オーケストラの醍醐味を充分に堪能することができる演奏、録音でした。


堀正文 |モーツァルト、フランク ヴァイオリンソナタ|CD

モーツァルト、フランク ヴァイオリンソナタ 堀 正文 CD

OVCL 00195
堀正文 清水和音 デユオ

モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第40番
フランク:ヴァイオリン・ソナタ

ヴァイオリン:堀 正文  ピアノ:清水和音
録音:2005年2月

堀正文のことは今さら私がご紹介するまでもなく、皆様すでによくご存知ことでしょう。日本を代表するオーケストラNHK交響楽団の元ソロ・コンサートマスターであり、桐朋学園大学の弦楽器主任教授として、演奏にそして後進の指導にと今まさに脂の乗り切ったヴァイオリニストのひとりと言えるでしょう。

しかし、意外なことに録音は少なく、これが初めてのソロCDとのこと。これまでの歴代のN響のコンマス、海野義雄、徳永二男などに比べると極端に録音が少ないことに驚かされます。

堀は1949年生まれ、京都堀川高校の音楽科(現在の京都市立音楽高等学校)を卒業後、ドイツのフライブルク音大で名教師ウォルフガンク・マルシュナーに学びます。そして同校卒業後1974年にダルムシュタット歌劇場のコンサートマスターに就任します。1979年、N響にコンサートマスターとして入団し、ソロ・コンサートマスターを務めました。

堀正文というと、ドイツでの演奏活動が長いイメージでしたが、N響がもう23年にもなるのですね。それにしても、23年もの間、日本を代表する名オーケストラのコンマスとして演奏をし続けることは相当のご苦労があったのではないかと思います。

BS等のN響の放送を通じて見る堀の弾き方は実に正統的。右手のしなやかさが特に印象的です。そして、いつも楽器を微妙に動かして常に適切なアインザッツ(合図)を各パートに送っているのが見て取れます。こういうコンマスだと、たとえ変な指揮者が来たとしても団員は相当弾きやすいのではないでしょうか。棒を見ずにコンマスを見ていれば安心できるからです。
実際、アシュケナージが指揮棒を手に刺してしまい、後半のプログラムを指揮できなくなってしまったときに、堀が弾き振りをして完璧な演奏をこなしたことは有名な話ですね。それも古典派の小編成の曲ではなく、チャイコフスキーの交響曲第4番だったのですから、ポピュラーな曲とは言え、全体を統率するのは並大抵のことではなかったと思います。

さて、その堀の演奏ですが、一言で言えば、実に折り目正しい演奏と言えるのではないかと思います。音符の長さ、アーティキュレーションが明快なのです。
そして音色もクリアで余計なものが全くまとわりついていません。堀のヴァイオリンの音を聴くと、普通のヴァイオリンの音が実に不純物(奏者の勝手な思い入れ)に満ちたものなのかがわかるでしょう。ですから、一曲目のモーツァルトはまさにすっきりとした清々しい演奏と言えます。2楽章の美しさは特筆に値します。

次のフランクは、いわゆる浮遊感を感じさせる演奏ではなく、ここでも折り目の正しい、そしてどこか曲の中身、構造が見えるような透明感を感じさせる演奏になっています。
それは先日BSクラシック倶楽部で視聴したアモイヤルの演奏とはまさに対極的と言えるのではないでしょうか。
堀の演奏はフランクのソナタにおいても、音符の長さを大きく変えて自由に弾いたりはしていません。一方、アモイヤルの演奏は、私には正直申しまして浮遊感を通り越して千鳥足と言えなくもないのではと思える箇所が多々ありました。音符の長さが不正確すぎて、聴いている方に音型、音楽の構造が正確に伝わってこなかったように思います。
堀の演奏は恣意的な解釈を廃し、まずは音符の長さを正確に表現することで、曲の構造を明らかにしようとしているのではないかと思います。だからと言ってもちろん無味乾燥な機械的な演奏というわけではなく十分に曲の良さを楽しめるものとなっています。
堀はオケのコンマスとして、そして教育者として自由に弾くことと自分に酔っているだけの演奏は違うのだということをこのCDで示してくれているのではないでしょうか。
第2楽章の終わりなど、普通は感情的になり、我を忘れてひたすら突っ走って終わるみたいな演奏になりがちなのですが、堀の演奏には過度な煽りは見受けられません。コンマスとして常にオケ全体を見渡して演奏しているように、ソロにおいても、作品全体を見渡して、きちんとバランスを取った上でのアッチェレランドを計算しているに違いありません。

録音は、ピアノの包み込むように柔らかい低音とヴァイオリンの高音の伸びが素晴らしくバランスの良く取れたものになっています。ヴァイオリンはやや近めですが、きつさは全く無く、堀の滑らかなボーイングを堪能できます。この清涼感ある高域は、堀の芸風にまさにぴったりと言えるのではないでしょうか。


書籍|「偉大なるヴァイオリニストたち 」ジャン=ミシェル・モルク

「偉大なるヴァイオリニストたち」ジャン=ミシェル・モルク著

偉大なるヴァイオリニストたち
ジャン=ミシェル・モルク著 藤本優子訳
ヤマハミュージックメディア
ISBN978-4-636-88079-3

クライスラーからクレーメルまでとなっていますが、50人のヴァイオリン名手のプロフィール、逸話などがまとめられています。そしてその演奏が(MP3ながら)付録のCD-ROMで聴くことができます。演奏者のプロフィールくらいはCDの解説、あるいは今の世であれば、WEB上で調べることができるかもしれませんが、この本で特筆すべきは、各演奏家の使用楽器に関する詳細なる記載です。
複数台の楽器を所有していたことや、あるいは楽器遍歴について、これまでにほとんど知られていなかった事実に気づかされます。何故、普通は外にあまり出ない(出さない)楽器についての情報を詳細にこの著者が調べることができたのかというと、この本の著作にフランスの有名な楽器商エチエンヌ・ヴァトロが関わっているからなのです。

逸話として印象的だったのは、グリュミオーの話。
彼は楽器については偏執的なこだわりを持っていて、あるときピアノとの合せの最中に、自分の楽器の調整への不満が止まらなくなったそうです、そうしたところ、ついにハスキルが堪忍袋の緒を切らし「アルテュール、いいかげんにしてちょうだい、あなたのヴァイオリンの愚痴にはもううんざり!」と叫んだということです。
どんな名器を持っていても、楽器に対する不満はあるということでしょうか。

実際にグリュミオーにレッスンを受けた方にお話を聞いたことがあるのですが、レッスンに行くとグリュミオーがコレクションした楽器がずらりと並べられていて、毎回まずそれを弾き比べることから始めなくてはいけないのだそうです。フランスのモダンヴァイオリンも多く所有していたとのことです。そしてそれらの楽器を弾き比べているうちにいつもレッスンの時間が足りなくなってしまって、レッスンの正味時間は10分程度だったとか。相当な楽器マニアだったことがわかりますね。

使用楽器のことで驚いたのはヨーゼフ・ハシッド。
クライスラーが「ハイフェッツのようなヴァイオリニストは百年に一人というが、ハシッドのような才能は二百年に一人だ」と言うほどのヴァイオリニストでしたが、私も以前 名ヴァイオリニストの歴史  で簡単に触れておりますが、精神障害、そして手術の失敗で27歳という若さで亡くなってしまいます。
その使用楽器がクライスラーから貸与されたJ.B.Vuillaume 1845 だったいうことをこの本を読んで初めて知りました。
クライスラーが楽器を貸してまで彼を真に支援していたこと、あのレコーディングのヴァイオリンの音がきっとこのヴァイオリンの音なのだろうということ、そしてあまりにも早すぎる悲劇的な彼の死のことなど色々と考えさせられてしまいました。

実際この本で語られている巨匠たちの多くは、エチエンヌ・ヴァトロの父、マルセル・ヴァトロが工房を切りまわしていた時代に関係していた人物がほとんどで、後継者であるエチエンヌはこの本のあとがきにその当時のことを大変懐かしんで書いています。因みに現在ヴァトロの工房はジャン=ジャック・ランパル(有名なフルーティスト、ジャン=ピエールの息子)に受け継がれています。

なお、番外編としてクライスラー以前の巨匠、教育者として著名な人物についての記述も付け加える念の入れようです。
巨匠と言われるヴァイオリニスト、そしてヴァイオリン製作者に興味がある方にとって、この本がバイブルとなることは間違いないでしょう。


ヴァイオリン協奏曲特集| MOSTLY CLASSIC ・ Vol.185ol.185

 MOSTLY CLASSIC ヴァイオリン協奏曲特集

モーストリー・クラシック
2012年10月号 vol.185
産経新聞出版

モーストリー・クラシック。今月号はヴァイオリン協奏曲を特集しています。

ヴァイオリン協奏曲の名曲、名盤として、モーツァルト、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームス、チャイコフスキー、バッハ、ブルッフ、シベリウス、サン=サーンス、ラロ他の解説があります。

巨匠たちのコンチェルトとして、オイストラフ、ハイフェッツ、ミルシテイン、グリュミオー、シゲティ、クレーメル、ムター、ヒラリー・ハーン、ツィンマーマン他、奏者にスポットを当てた解説がなされています。

更に、演奏者自身が語るヴァイオリン協奏曲として、五嶋みどり、ギル・シャハム、イザベル・ファウスト、クリスティアン・テツラフ、フランク・ペーター・ツィンマーマン、前橋汀子のインタビューが掲載されています。最近売出し中の三浦文彰、徳永二男姉弟対談もあります。

その他、この雑誌が好きな企画ではありますが、音楽評論家が選ぶヴァイオリン協奏曲名曲ベスト3、音楽評論家が聴いた実演ベスト3、ヴァイオリニストが選ぶ私の好きなヴァイオリン協奏曲などのコーナーもあります。

とにかく、ヴァイオリン好きなら、様々な切り口からヴァイオリン協奏曲を取り上げた書籍として、雑誌とはいえ、ずっと保存されておくべき本でしょう。


「オーケストラ、それは我なり 」朝比奈 隆 自伝|中丸美繪 著

「オーケストラそれは我なり」朝比奈 隆

ISBN 978-4122056275
オーケストラ、それは我なり 朝比奈隆 四つの試練
中丸美繪著 / 中央公論新社 

93歳で亡くなった、指揮者朝比奈隆の自伝です。朝比奈隆は晩年、絶大な人気を誇り、特に若者をも魅了しました。朝比奈詣という言葉が生まれたほど神格化された朝比奈ですが、この本ではその影の部分にもスポットを当てています。いわば人間朝比奈隆の生臭い部分も赤裸々に描き出した労作と言えると思います。

記述は最後のコンサートの場面から始まりますが、このとき朝比奈は立っているのがやっとの状態だったそうです。
実は、息子の朝比奈千足しか知らなかったことなのですが、随分と前から朝比奈は癌に体を蝕まれていたということなのです。しかし、それを本人に知らせるとどうなるかわからないので、最後のステージまで隠し通して来たといいます。そういった中での最後のコンサートの描写は実に感動的です。

出生の秘密、音大出でないからこその同窓生等財界の人脈を駆使してのオーケストラ運営手腕、親分肌とそれがゆえの組合との確執等々、これまで知らなかったことが次々に描かれています。

特に衝撃的なのは、事務局長の更迭を要求し、大阪フィルが朝比奈のリハーサルをボイコットした話です。それも、団員がそれぞれ自分のパートの椅子に着席しながら、音を出さなかったという話です。つまり朝比奈が棒を何度振り下ろしても音を出さなかったのです。若き日の小澤征爾とN響、晩年のカラヤンとベルリンフィルとの確執も有名な話ですが、朝比奈隆の場合もそうだったのですね。
好々爺風のいでたち、コンサートの絶大な人気からは想像もつきませんでした。結構なワルな部分もあったのですね。まあ、オーケストラ運営は沢山のお金が要りますからね。良い音楽を演奏することだけでは成り立たないのでしょう。

そのほか、戦時中~戦後の日本、上海、満州のクラシック事情、当時の日本における指揮者の勢力図等々興味深い記述が満載です。朝比奈隆ファンならずとも、戦後日本クラシックの発展の歴史を知るうえで貴重な書籍と言えると思います。

因みに著者の中丸美繪はオペラ歌手中丸三千繪の姉です。


シューマン ヴァイオリン・ソナタ全集 | フォルクハルト・シュトイデ

シューマン ヴァイオリン・ソナタ全集 CD
ヴァイオリニスト、フォルクハルト・シュトイデの録音風景

Camerata / CMCD-28163
シューマン ヴァイオリン・ソナタ全集

シューマン:
ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ短調
ヴァイオリン・ソナタ第2番 ニ短調
ヴァイオリン・ソナタ第3番 イ短調

ヴァイオリン:フォルクハルト・シュトイデ
ピアノ:ローランド・バティック
録音:2006年9月、2008年2月、9月

あまり広く知られていない、ソナタ第3番が収録されているというのがこのCDのひとつの特徴ですが、この3番のソナタの成り立ちはちょっと変わっています。
1953年10月、シューマンは、ヨゼフ・ヨアヒムの誕生日にシューマン、ディートリヒ、ブラームスのコラボレーションによる作品、《F.A.Eソナタ》をプレゼントしました。1楽章をディートリヒが担当し、シューマンはこのソナタの2、4楽章を担当いたしました。ブラームスは3楽章スケルツォを担当しますが、この曲はその後ブラームスの単体の作品として発表され唯一このソナタの楽曲では人気を博します。(今日でもこの曲はよく演奏されていますね。)シューマンはこの《F.A.Eソナタ》に2つの楽章を追加して、自作のソナタを完成させようとしましたが、それを完全な楽譜にしたためるより以前の1854年2月に精神障害が著しく悪化して自殺未遂を犯し精神病院行きとなってしまいます。それで、この曲はずっと日の目を見ることはなく、ソナタ第3番として出版されたのは、何と1956年、シューマン没後100年を迎えたときのことなのです。シューマンの1番、2番のソナタもそう有名とは言えませんが、そういうわけで、3番はもっとマイナーな曲ということになりますね。

演奏者のフォルクハルト・シュトイデは現在ウィーンフィルのコンサートマスター。
オーストリア生まれとおもっていましたが、実はドイツ、ライプツィヒ1971年生まれ。5歳よりヴァイオリンを始め、ガブリエル・ツィンケのもとで音楽を学びながら、早くも国内のジュニア・コンクールで頭角をあらわし、1987年には銀メダルを受賞。1988年、ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学でヨアヒム・ショルツ教授とヴェルナー・ショルツ教授に師事し
ます。 この時期シュトイデはヴォルフガング・マルシュナー教授の特別マスターコースで精力的に学ぶ傍ら、ESTA(ヨーロッパ弦楽指導者協会)国際ヴァイオリン・コンクールで第4位に入賞、フライブルクのルートヴィヒ・シュポア国際ヴァイオリンコンクールで特別賞を獲得しています。また数々の国際的ジュニア・オーケストラにおいても活躍し、1992年にはジュネス・ワールド・オーケストラ、1993年にはグスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラのコンサートマスターを勤めました。1994年、ベルリン音楽大学卒業後、ウィーンに移り、アルフレート・シュタール教授の下で更に研鑽を積みました。
1994年11月にはウィーン国立歌劇場管弦楽団のコンサートマスターに弱冠23歳で就任。更に2000年からはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを務めています。
私もリサイタルやマスタークラスで彼の演奏を聴きましたが、確実なテクニックと端正で美しい音を持った人という印象を受けました。ウィーンフィルのコンマスの中ではライナー・ホーネックと並ぶ名手でしょう。

さて演奏ですが、え、シューマンってこんなに爽やかで健康的な感じだったっけ?というのがまずこのCDを聴き通してみての印象。おどろおどろしいところが全く無いのです。
日本人の感覚だと、シューマンというとどこか陰鬱で病的、(実際上記のように最後は精神病院送りになってしまっていますしね)というイメージが強いですね。
だから演奏もどこか狂気じみたところがないと様にならないのではという先入観があるのですが、このフォルクハルト・シュトイデの演奏にはそういったデモーニッシュな面はあまり感じられません。終始、優しい音で包まれ、シューマンの音楽へのシンパシーや愛情を強く感じさせるものとなっています。
事実ドイツの音楽家の作曲家シューマンに対する親愛の情は並々ならぬものがあると聞いています。皆シューマンが好きなんですね。
私たち日本人はシューマンの病歴から、その異常性ばかりを強調しがちですが、ドイツ人から見るとシューマンの音楽には豊かなドイツの自然や詩情があふれているのでしょう。
ですから、このCDにおけるインティメートな雰囲気はよくわかるのです。アクセントは控えめ、テンポの煽りも激しくありません。速いパッセージも短めに軽やかに弾いています。
とは言え、それが日本人の間違ったシューマンの認識だと言われようと、時には(例えば各ソナタの終楽章などでは)もっと激しい、劇的な表現も欲しいような気が私にはいたします。あまりにも美しすぎるシュトイデの演奏に対して失礼かとは思いますが・・・。
なお、録音時の使用楽器についてはライナーノーツには明記されてはいませんが、各種資料に因りますと彼はStradivari 1718をオーストリア国立銀行より貸与されているとのことです。


ローラ・ボベスコ・リサイタル(初来日時のライブ録音)

ローラ・ボベスコ初来日時のリサイタル CD

Green Door GD-2026/7
ローラ・ボベスコ・リサイタル(1980)

ルクレール:ヴァイオリン・ソナタ ニ短調
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン・ソナタ ニ長調
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ
ストラヴィンスキー:イタリア組曲
フランク:ヴァイオリン・ソナタ
エスページョ:プレスト
ファリャ:歌劇「はかなき人生」~スペイン舞曲第1番
バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番~サラバンド
パラディス:シチリアーナ

ヴァイオリン:ローラ・ボベスコ     ピアノ:柳澤(小松)美枝子
録音:1980年1月21日

ローラ・ボベスコ(1921-2003)はルーマニア生まれ。ベルギー国籍の女流ヴァイオリニストで、フランコ=ベルギー派の流れを組む名手のひとりである。パリ音楽院でジュール・ブーシュリに師事、卒業後はジョルジュ・エネスコ、ジャック・ティボーといった巨匠にも教えを受けました。1937年にウジェーヌ・イザイ・コンクール(現在のエリザベート王妃国際音楽コンクール)で第7位となり、それ以降国際的に活躍するようになりました。因みにその時の第1位はダヴィッド・オイストラフでした。

親日家としてボベスコは日本にたびたび訪れていますが、1980年の初めての来日のときは、個人招聘だったというのですから驚きです。
このCDはその初来日時のリサイタル(於 芝ABC会館ホール)のライブ録音なのです。さらに、音源は個人的な記録としして保存していた録音テープということなので、まさに貴重なものと言えるでしょう。

実際に聴いてみますと、そういった歴史的な意義を抜きにして、観賞用として大変立派で素晴らしいCDであることがわかります。
まず、録音ですが、30年前の記録録音とは思えない鮮明さです。
ややピアノの音に歪っぽさ、ワウフラッター的な音の揺らぎやノイズを感じますが、ヴァイオリンの観賞には全く支障はありません。もちろん、今日のマスタリング技術の進歩、エンジニアの優れたセンスのおかげだとは思いますが、ヴァイオリンの音の瑞々しさ、生生しさには驚かされます。拍手の音を聴きますと、高域成分が随分丸く聴こえるのですが、ヴァイオリンの音にはそういったネガティブなところは見当たりません。録音年代など忘れて誰もがボベスコのめくるめく音色の変化に魅了されてしまうことでしょう。
商品化を前提にした録音ではなかったので、ステージに登場する足音や調弦の音までも入っているのですが、それがまた臨場感を高めているようにも思います。

プログラムはバロックから近代までバラエティに富むものですが、どれも楽しめました。
もちろん、1980年ですからバロックといってもピリオド的な奏法ではありませんが、ルクレール、ヴィヴァルディでの端正で軽やかな演奏は非常に可憐でチャーミングです。
それとは全く対照的にフランクでは堂々とした肉厚の演奏、音色に変化いたします。特に第3楽章での低弦の音の太さ、宇宙空間に音が広がっていくようなスケールの大きさにはただただ感服いたしました。
ライナーノーツに因りますと、この初来日時にボベスコはGuadagniniを持ってきたとあります。この豊かな低音の響きは楽器の特徴かもしれませんね。

全体を通して感じますのは、ライブということもありますが、良い意味での外人特有の演奏の勢い、音楽の流れを感じさせてくれることでしょうか。こういった演奏上の流れ、思い切りの良さというのはもっと日本人が学ぶべきだと思います。どうしても日本人はミスを恐れたり、アンサンブルを重視して流れが滞ったり、思い切って弾けなかったりしますから。
ただ外人の生演奏の場合、時として、勢いや流れはあるけれど、さらっていない、老いて技術が落ちてきた等の要因から雑な演奏を聴かされることもありますね。有名な演奏家のリサイタルで、CDや若いころの演奏と随分違うことにがっかりされたことがきっとどなたにもあるのではないでしょうか。それはそれで困りますよね。高いチケット代金を払わされているのですから・・


スズキ・エヴァーグリーン| 鈴木鎮一 ヴァイオリン指導曲集| 西崎崇子

鈴木鎮一 ヴァイオリン指導曲集 西崎崇子

NAXOS 8.572378~8.572494(分売)
スズキ・エヴァーグリーン 第1集~第7集
(鈴木鎮一 ヴァイオリン指導曲集 第1巻~第8巻)
ヴァイオリン:西崎崇子  他

日本での代表的なヴァイオリン教本の一つとして、スズキメソード鈴木慎一ヴァイオリン指導曲集があります。これは1巻から10巻までありますが、教則本や練習曲という性格のものではなく、その名の通り、曲集です。スズキメソードに基づいて指導していないヴァイオリン教室においても、曲集として広く使われています。色々な曲が入っていて、子供を飽きさせないようにできているからでしょう。
私が子供のころは楽譜にフォノシート(ソノシート)というぺらぺらの薄いLPレコードが付いていましたが、今はもちろんCDが付属しています。ですから演奏としてはそれを聴けば良いのですが、違った人が弾くと違った演奏になる(曲の解釈は色々である)ということを知るにはこのNAXOSのCDを持っていても良いでしょう。
CDの第1集が指導曲集の第1巻、第2巻に対応しています。その後はCD第2集が曲集の3巻、CD3集が曲集の4巻と以下CD7集=曲集8巻というように対応しています。

このNAXOSから出ているCDの素晴らしいところは、鈴木慎一が編曲した楽曲に対しては、その元となったオリジナルの原曲を収録していることです。ですから、それを聴きますと音が微妙に違っていたり、調整が違ったり、そもそも楽器がヴァイオリンで演奏されていなかったりと、私が聴いても結構新鮮な驚きがありました。きっと幼いころからのこの曲集の普及のおかげで、編曲の方をしっかりと刷り込まれてしまっているからでしょうね。わざわざオリジナル曲を探して、子供に聴かせると言ってもなかなか大変ですから、これはなかなか粋な計らいと言うべきでしょう。

ここでヴァイオリンを弾いている西崎崇子はNAXOSに数多くの録音がありますが、実はNAXOS社長の夫人。おそらく彼女がスズキメソードの第1期生ということで、この企画が立てられたのでしょう。演奏は規範となるべく極めてオーソドックスなものですが、決して無機的なものではなく、1期生から未来の子供たちへの愛情に満ちたものになっているのではないかと思います。
今さらっている曲のオリジナルを聴いたとき(場合によってはオリジナル=ピリオド楽器でも演奏されていますが)、現代っ子たちはどんな反応を示すのかちょっと興味がありますね。