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『チゴイネルワイゼン』 小野明子

『チゴイネルワイゼン』 小野明子

(WWCC-7595) \2,835

「チゴイネルワイゼン」CD、ヴァイオリン演奏 小野明子
演奏:小野明子(Vn) 野平一郎(Pf)
使用楽器:G.B.Guadagnini 1772

E.ポルティーニ/クライスラー:踊る人形W.クロール:バンジョーとフィドル

I.ストラヴィンスキー/ドゥシュキン:「ペトールーシュカ」から「ロシアの踊り」

P.チャイコフスキー/クライスラー:「ハプサールの思い出」から「無言歌」

P.サラサーテ:チゴイネルワイゼン

E.ブロッホ:バール・シェムから「ニーグン」

M.T.パラディス/ドゥシュキン:シシリアーノ

A.ハチャトゥリアン/ハイフェッツ:「ガヤーヌ」から「剣の舞」

F.リース:ラ・カプリチオーザ

J.S.バッハ/ヴィルヘルミ:G線上のアリア

R.シュトラウス/プシホダ:「薔薇の騎士」よりワルツ

A.グラズノフ/ジンバリスト:「ライモンダ」からグランド・アダージョ

A.ザルジツキ:マズルカ

A.ドヴォルザーク/クライスラー:スラブ舞曲Op.72No.2

G.ビゼー/フバイ:カルメン幻想曲

M.ポンセ/ハイフェッツ:エストレリータ


諏訪内晶子、庄司紗矢香だけじゃない!実力派若手女性ヴァイオリニスト。

小野明子は12歳でイギリス・メニューイン音楽院に単身留学し、メニューインに7年間師事する。
その後、ウィーン国立音大、同大学院で研鑽を積む。2000年メニューイン国際ヴァイオリンコンクール・シニア部門で優勝。
エリーザベート王妃国際(2001)、パガニーニ国際(1999)、シゲティ国際(2002)に入賞。

確かにメニューイン国際ヴァイオリンコンクール以外優勝は無く、諏訪内や庄司に比べると日本で有名なコンクールでの優勝が無いせいか、これまでいわゆる一般マスコミでの話題性には乏しかった。しかし、CDを聴いてみれば演奏技術の高さ、趣味の良さ等から実力は相当なものであることが伺えるであろう。

小野の演奏で聴くと、通俗名曲であるサラサーテの『チゴイネルワイゼン』 が何と新鮮に聴こえることか。
チゴイネルワイゼンというと冒頭から唸りまくって、コテコテの演奏を聴かされることが多いものだが、この演奏はそういった世界とは全く無縁である。しかし、だからといってこの演奏が迫力不足であるとか、物足りなさを感じさせるものでは決して無い。それは小野の高度なテクニックに裏付けされた演奏のキレが小気味良さを感じさせてくれるからではないかと思う。

小野の趣味の良い歌心を聴くには、グラズノフの「ライモンダ」からのグランド・アダージョやポンセのエストレリータを聴いてみるのが良い。決してもたれない歌い方、長いフレーズの取り方は早くからヨーロッパで暮らしていたせいであろうか、前回ご紹介したアゴスティーニにも通ずるようなものを感じる。

彼女の高い技術はフバイ編のカルメン幻想曲を聴けば誰の耳にも明らかだ。
カルメン幻想曲というとサラサーテのものが超有名だが、最近ではそれでは技巧を魅せつけるのに物足りぬとワックスマン編曲のものが弾かれるようになってきた。 更にそれでも物足りぬと思う演奏者がこのフバイ編曲を弾くのだが、はっきり言って満足する演奏にお目にかかった試しは無い。 単なる「挑戦 」や「自己満足」の域を出ない演奏ばかりなのである。私はそういった演奏を聴かされるたびに「何故わざわざこの編曲を選んだのだろう」と思わざるを得なかった。そこからはビゼーのオリジナルの良さが聴こえてこないからである。
しかしながら、こんなことは初めてだが、私はこのCDを聴いてこの編曲の美点を充分理解することができたのである。
それはもちろん、小野がこの難曲を完璧に弾きこなすだけのテクニックを持ち合わせているということが大きな要因だ。しかしそれだけではないだろう。彼女は己の技術を見せつけるためにこの編曲を選んだのでは無く、おそらく心底フバイの編曲に共感するものがあったのだと思う。単に技術的に完璧に弾きこなすこと(もちろんそれだってこの曲の場合は凄く大変なことであるが)を超えて、作曲者、編曲者への共感に至った。その境地をこの演奏からは感じることができた。それが聴く者(私)へ次なる共感を生んだに違いない。

深みのある豊かな低音、切れ味のある高弦の響き。大変抜けの良い録音が、小野のヴァイオリン(名器G.B.Gudagnini)の音を見事にとらえている。
これは選曲、技術、録音と三拍子揃った優れたディスクとして広くお薦めしたい。

小野明子 Profile(公式HPより転載)】

12歳から英国メニューイン音楽院に単身留学し、メニューインに7年間師事。
文化庁芸術家在外研修員、ロームミュージックファンデーション奨学生としてウィーン国立音楽大学、大学院で研鑚を積む。 2000年メニューイン国際ヴァイオリンコンクール・シニア部門で優勝し一躍注目を集める。
ビオッティ・バルセシア(2002)、フォーバルスカラシップ・ストラディヴァリウス(2003)など数々のコンクールで優勝。
またエリザベート王妃国際(2001)、パガニーニ国際(1999)、シゲティ国際コンクールに入賞。

1993年UNICEF主催イタリア演奏旅行に招かれる。バチカンにてローマ法王に謁見。 翌年、イスラエル建国記念式典演奏会(エルサレム)に出演。 96年ロンドンでの“メニューイン80歳記念ガラコンサート”にてロストロポーヴィチ、アンネ=ゾフィー・ムターらと出演。98年UNICEFガラコンサートにてメニューイン指揮/エッセンフィルと共演し絶賛された。この模様は欧州各国でテレビ生中継された。同年、ユニセフ親善大使であるヴァネッサ・レッドグレーブの招待により、ニューヨーク国連本部で開催された「世界人権デー発足50周年記念会議」に参加。バッハのパルティータを演奏する。

2001年英国“ジャパンフェスティバル2001”に出演し、ウィンザー城・聖ジェームス礼拝堂で演奏。また、ケンジントン宮殿で行われた“Asian Art Gala”に出演する。03年、矢崎彦太郎指揮/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団と共演し、日本においてオーケストラ・デビューを果たす。翌年、紀尾井ホールにてニッポン放送主催「新日鐵コンサート」公開録音プロミシング・アーティストシリーズに出演。05年、ジェームス・ジャッド指揮/NHK交響楽団とツアーに出演。06年には、ロンドン・ウィグモアホール、東京文化会館、カタール、ドバイなどでリサイタルを開催。また、五嶋みどり主催ミュージックシェアリング「コミュニティー・エンゲージメント・プログラム」カルテット・メンバーとしてベトナム・ツアー公演に参加。

これまでシュロモ・ミンツ、G.A.アルブレヒト、サウルス・ソンデッキス、服部譲二、マティアス・バーメルトら著名指揮者のもとでワイマール交響楽団、ベルギー国立管弦楽団、リル国立交響楽団、ロンドン・モーツァルト・プレーヤーズ、ロンドン・フェスティバル・オーケストラ、リトアニア室内合奏団、サンカルロ歌劇場管弦楽団、コスタリカ国立交響楽団などと多数共演。