ヴァイオリン選びで誰もが陥りやすい罠・真贋を見分けようとする

インテルメッツォの第28回です。

さて、前回は、なまじ知識があると楽器自体を判断する感覚 を狂わせ、変な買い物をしてしまう場合があること。
ラベルや鑑定書はあてにならないと気づくことができた方は、 それでは、自分自身で楽器の真贋を見分けられるようにならなくてはならないと気づくのではないか? というところまでお話いたしました。

ということで、今回のテーマは“真贋を見分ける”です。

ストラディヴァリと言えば、誰でも知っている名器中の名器ですが、 このStradivari のラベルが貼ってある楽器にはざっと以下のようなものがあります。

1)本人の製作した楽器

2)工房(弟子)の製作

3)ストラディヴァリとは無関係の流派の製作家が作ったもの、 後世の製作家が作ったもの、他国の製作家が作ったもの。

4)ただ古いだけの楽器

5)量産品

4)や5)はわたしは微笑ましい楽器と呼んでいます。
よく親の遺品から大変なもの(ストラディヴァリ)が出てきたと 真剣になられる方もいらっしゃいますが大抵はこの範疇です。
(これらがなぜ微笑ましいかと言うと、見た瞬間に、ストラドでないこと、そして良い楽器ではないことが判断できるからです。 )

だいたい通常は、1)と2)をStradivariと呼んでいます。 (余談ですが、ヴァイオリニストの加藤知子さんがタワーレコードのイベントで 弾かれた際、ご自身のヴァイオリンをストラディヴァリファミリーの作とおっしゃっていました。 さすが、イタリアの楽器製作の慣習をよくおわかりだなあと思った記憶がございます。)

ここで、厳密に言えば、2)は本物なのかということになるのですが、ストラディヴァリの場合、弟子の力量が並外れて優れていたためでしょうか、これらのヴァイオリンが ストラディヴァリの工房作と呼ばれることはないのです。

3)は本物か偽物かという論議になると、偽物なわけですが、贋作呼ばわりされるには惜しい、素晴らしいヴァイオリンも多数存在します。
だいいち、ストラドと見分けがつかないということはそれだけで、すごい楽器なはず なのです。 本物のストラドと同じ値段で売られてはまずいけれども、そうでなければ、貴重なオールド楽器の一つであると言えるのです。

ところで、ソムリエという職業があります。
田崎真也氏が、この職業の存在を一般に広く知らしめたわけですが、 まだまだソムリエとは利き酒をする人、利き酒ができる人のような誤解もあると聞きます。

ある雑誌で読んだ記憶があるのですが、田崎氏は全ての生産地、そして様々な年代のワインを ブラインドで言い当てることなど不可能だとおっしゃっていました。そのためには、まず、世界中のあらゆるワインを年代別に飲んでいることが必要になります。 そんなことは物理的に不可能ですし、だいいち1日中飲んでいたら アル中になってしまいます。

「ティスティングはお客様に出す前に、値段と品質の関係を確認するため、 また そのレストランの料理との相性を確認するために行われます。 そのためには、ぶどうの種類やおおまかな生産地、年代などがわかれば 問題は無いのです。 むしろ、ソムリエにとって必要なものは、ワインの知識ではなく、 お客様へのサービス精神なのです。」 と田崎さんはおっしゃいます。

ソムリエとはレストランのお客さんに、料理をより美味しく食べてもらうために、 お客さんのお酒の選択に関するアドヴァイスをする人なのです。

渦巻きで製作家名をぴたりと当てる。弓のヘッドを見ただけで製作家名を言い当てる。
そんなカリスマ的弦楽器商、コレクターがいるという話も聞きます。
確かに「わかる」のかもしれませんが、絶対にそうであるという証拠もまたありません。
もしマイナーな国のマイナーな製作家名などを挙げられたら(そんな楽器は何台もあるわけではないので、もちろん実物を見たことも無く)、反論のしようはないのです。

オールドからモダン。イタリアだけでもいったい何人の製作家が存在するのでしょうか。 それがフランス、ドイツ、ベルギー・・・・とヨーロッパ各地に製作家は存在します。それらの楽器の各々の特徴を知り尽くし、また、同じ製作家でも、年代によって様々な作風の楽器を作ることもありますから、それらにも精通する・・・・・。
恐ろしく気の遠くなる作業です。

いくら権威ある鑑定書でも断定はしていません。どれも 「私の意見では~」 と書いてあるに過ぎません。

はっきりとした証拠は無いし、それを示しようがないのですから、逆に断定するのは簡単です。言ったものが勝ちなのです。
そんなことより、ソムリエ同様、国籍、大体の地域、年代、つくりの良し悪し、 健康状態などにより、楽器の見極めが正しくつけられることの方が大切なのではないでしょうか。 そして、音を出してみて、お客さまの好みに合うかどうか、 また調整や弦の選択などで好む音に近づけられるかどうかを判断することの方が重要なのではないかと思います。

お客さまは決して研究者になりたかったわけではないでしょう。楽器の真贋を見分けること、見分けられるようになることが目的ではなかったはずです。真の目的は、良い楽器を手に入れることであったはずです。鑑定ごっこは必要ありません。

もちろん「真贋」は避けては通れない問題です。常にそれに向き合い、少しでも真実に近づこうと努力していなくてはなりません。しかし言ったもの勝ちの鑑定レベルだったら無い方がましです。
どちらにせよ鑑定とは「私の意見では~と思う」という域を出ないものなのですから。

次の更新は月末を予定しております。 どうぞご期待ください。

戻る