書籍|「偉大なるヴァイオリニストたち 」ジャン=ミシェル・モルク

「偉大なるヴァイオリニストたち」ジャン=ミシェル・モルク著

偉大なるヴァイオリニストたち
ジャン=ミシェル・モルク著 藤本優子訳
ヤマハミュージックメディア
ISBN978-4-636-88079-3

クライスラーからクレーメルまでとなっていますが、50人のヴァイオリン名手のプロフィール、逸話などがまとめられています。そしてその演奏が(MP3ながら)付録のCD-ROMで聴くことができます。演奏者のプロフィールくらいはCDの解説、あるいは今の世であれば、WEB上で調べることができるかもしれませんが、この本で特筆すべきは、各演奏家の使用楽器に関する詳細なる記載です。
複数台の楽器を所有していたことや、あるいは楽器遍歴について、これまでにほとんど知られていなかった事実に気づかされます。何故、普通は外にあまり出ない(出さない)楽器についての情報を詳細にこの著者が調べることができたのかというと、この本の著作にフランスの有名な楽器商エチエンヌ・ヴァトロが関わっているからなのです。

逸話として印象的だったのは、グリュミオーの話。
彼は楽器については偏執的なこだわりを持っていて、あるときピアノとの合せの最中に、自分の楽器の調整への不満が止まらなくなったそうです、そうしたところ、ついにハスキルが堪忍袋の緒を切らし「アルテュール、いいかげんにしてちょうだい、あなたのヴァイオリンの愚痴にはもううんざり!」と叫んだということです。
どんな名器を持っていても、楽器に対する不満はあるということでしょうか。

実際にグリュミオーにレッスンを受けた方にお話を聞いたことがあるのですが、レッスンに行くとグリュミオーがコレクションした楽器がずらりと並べられていて、毎回まずそれを弾き比べることから始めなくてはいけないのだそうです。フランスのモダンヴァイオリンも多く所有していたとのことです。そしてそれらの楽器を弾き比べているうちにいつもレッスンの時間が足りなくなってしまって、レッスンの正味時間は10分程度だったとか。相当な楽器マニアだったことがわかりますね。

使用楽器のことで驚いたのはヨーゼフ・ハシッド。
クライスラーが「ハイフェッツのようなヴァイオリニストは百年に一人というが、ハシッドのような才能は二百年に一人だ」と言うほどのヴァイオリニストでしたが、私も以前 名ヴァイオリニストの歴史  で簡単に触れておりますが、精神障害、そして手術の失敗で27歳という若さで亡くなってしまいます。
その使用楽器がクライスラーから貸与されたJ.B.Vuillaume 1845 だったいうことをこの本を読んで初めて知りました。
クライスラーが楽器を貸してまで彼を真に支援していたこと、あのレコーディングのヴァイオリンの音がきっとこのヴァイオリンの音なのだろうということ、そしてあまりにも早すぎる悲劇的な彼の死のことなど色々と考えさせられてしまいました。

実際この本で語られている巨匠たちの多くは、エチエンヌ・ヴァトロの父、マルセル・ヴァトロが工房を切りまわしていた時代に関係していた人物がほとんどで、後継者であるエチエンヌはこの本のあとがきにその当時のことを大変懐かしんで書いています。因みに現在ヴァトロの工房はジャン=ジャック・ランパル(有名なフルーティスト、ジャン=ピエールの息子)に受け継がれています。

なお、番外編としてクライスラー以前の巨匠、教育者として著名な人物についての記述も付け加える念の入れようです。
巨匠と言われるヴァイオリニスト、そしてヴァイオリン製作者に興味がある方にとって、この本がバイブルとなることは間違いないでしょう。