選ばれる3つの理由

理由1:価格、ブランドにとらわれず真の名器を選び出す確かな眼力

(写真撮影: 国際情報マネジメント有限会社)

弦楽器サラサーテ 代表 北見 裕秋

1959年茨城県水戸市生まれ。4歳より父の手ほどきでヴァイオリンを始める。その後ヴィオラにも手を染める。
高校のときに弦楽器と並行して独学でフルートを始め、大学時代は早稲田大学交響楽団に所属。フルート奏者として活躍。ベルリンフィルハーモニーザールにてストラヴィンスキーの「春の祭典」を演奏する。
大学卒業後はサラリーマン生活を送るが、結婚相手(ヴァイオリン奏者)の所有する楽器を巡っての衝撃的な出来事がきっかけで、自ら楽器商となる決意を。そして1997年、ついに会社員生活に終止符を打ち、弦楽器サラサーテをオープン。その当時弦楽器業界では画期的だったWEB上での情報発信を始める。

これまでの考え方が覆された忘れられない体験

このお話は私がこのヴァイオリン販売の仕事を始める前、妻が次に購入するヴァイオリンを探しているときのことですから、だいたい1990年前後の話でしょうか、 私の大学の後輩の紹介で、東京都下のヴァイオリン専門店に行った時のことです。
その日は妻のヴァイオリンの修理の相談を兼ねながら、いくつか楽器も見せてもらおうということで、妻と二人で出かけました。

修理の話も一段落して、それではいよいよヴァイオリンを見せてもらうことに・・・。

そうするとモダンイタリーの著名作家のものだという、価格650万円(当時)のヴァイオリンが目の前に出されました。
193、40年作だという その楽器は、真っ赤なニスで、つやつや、ぴかぴかしていました。このヴァイオリンは何でも製作家の遺族か誰かが、製作者の死後も世に出さずに保管していたものの一つなのだそうで、それが故にまるで新品のような状態を保っているのだと説明されました。
そうやって遺族が保管していた数台の楽器を売りに出すと同時に、それらの楽器の写真を掲載した書籍も出版されたということで、その本も見せてもらいました。目の前の楽器は確かに本に載っているものと同一のヴァイオリンでした。

  • ・全く使われていないので楽器の状態は完璧
  • ・イタリアの著名ヴァイオリン製作家の作品(その時はもちろん名前を知りませんでした・・・)
  • ・ある程度は(50年以上)古い

それが故に、650万円という高額な値段が付けられていたわけです。

これだけの好条件が揃えば、相当凄いヴァイオリンなのだろうなという期待感が、いやが上にも高まろうかというものです。

妻がそのヴァイオリンを弾いて音を出します。

すると、「えっ???何これ? 」 と私と妻は顔を見合わせてしまいました。

そうです。そのヴァイオリンは「鳴らない」の一言に尽きました。個人の好みなどの入る余地は無く、おそらく誰が聴いてもはっきりそう感じるであろう音でした。

これなら 正直言って、色々な弦楽器店、工房で「偽物だ」とか「修理で板が削られ過ぎている」とか「ヴィオラの渦巻きが付いている」等々、散々ボロクソに言われた妻のヴァイオリンの音の方がまだマシだと私も妻も思いました。

おそらく我々の驚き、落胆がしっかり顔に出ていたのでしょう。店の人は、次に、それではこれはどうでしょうか、とイタリアの有名製作家の新作ヴァイオリンを出してくれました。当時の値段で200万円ほどのものでした。

我々からすると、50年前の間違いない本物のヴァイオリンでダメだったのだから、新作ということだけで、まず良いわけはないと全く期待はしませんでした。ところが、音を出してみるとどうでしょう。さっきのは何だったのだ?というくらい新しいヴァイオリンの方が良く鳴るではないですか。

妻はずっとヴァイオリンは古くなくてはダメで、新作は鳴らないと思っていたので、すごく驚いていました。私はというと、そもそもこのような価格帯のヴァイオリンの試奏自体が初めての体験でしたから何が正しいのかわからず、頭が混乱していました。
とにかく、この時にそこで学ばせてもらったことは、ヴァイオリンは鳴らなくても高い価格がつくことがあるということと、出来立ての楽器、新作でも充分良く鳴るということでした。

当時、まだ子供が小さかったので妻は身動きが取れず、そのためこの後は私が色々な弦楽器専門店、工房を回ることになりました。

先日の体験から、今まで関心を持っていなかった新作ヴァイオリンに重点を置いて見て回ることにしたのですが、 そうするとまた興味深い考えや事実を知ることになりました。

あるヴァイオリン工房では、私が前回の工房で見た200万円の新作が良く鳴ったという話をすると、「名前が知れている製作家だからそんな値段になるのであって、弟子のものであったり、無名の新人のヴァイオリンであれば60万円~100万円程度で買えるよ」という話を聞かされました。

素人考えでは、そんな値段で果たして大丈夫なのかと不安でしたが、そこの工房の方はクオリティは全く問題無いというような言い方をされました。

そして、イタリアのヴァイオリン工房は数人で楽器を作っていることが多く、弟子が大部分を作った楽器でも慣例的に親方のラベルを貼られることが多いのだという話を聞かせてもらいました。だから親方の楽器と弟子筋の楽器の品質は通常は大きく違わないということなのです。

ただ、弟子のラベルや工房作のラベルで楽器が出される場合は、ネームバリューが無いためにかなり安い値段になるのが通例だと説明を受けました。

つまり、名前さえこだわらなければ工房作、無名製作家のものでも良い楽器存在する可能性が高いということなのです。そして有名でなければ、また親方の名前が入らなければ、それだけで確実に 価格は1/3~1/2も安くなるということなのです。

これは実に衝撃的な話では無いですか!

私は前回の体験から、有名製作家の200万円もするヴァイオリンだから、特別、新作でも良く鳴るのだと思い込んでいたからです。
実際にイタリア無名若手製作家のヴァイオリンを1台試させていただきましたが、「良く鳴る」という点では有名製作家のものと遜色はありませんでした。

私はここで、「新作楽器は名前ににこだわらなくても良い」ということを学びました。言い換えると、有名な製作家の楽器は名前(ラベル)に多くのお金を払っているということに気がついたとも言えます。もちろん有名で値段が高くて、音も良い楽器はあるのでしょうが、無名の製作家や工房ものというものにも充分優れた楽器、音の良い楽器があるということを教えてもらったのです。

さらに別の工房では、ショッキングな話を聞きます。

イタリアで楽器を作るから値段が高くなるのであって、中国のような人件費の安いところで作れば20万円~50万円できちんとしたヴァイオリンができるというのです。しっかりした指導、厳しい監督の下で作られたヴァイオリンは下手なイタリア新作をも しのぐこともあるというような話も聞きました。

中国のヴァイオリンがそんなに優秀というのは、にわかには信じ難い話でしたが、確かに中国の方がイタリアよりも器用な人が多そうではあります。実際、その時に試奏して感じたのは、中国の楽器はイタリア新作よりも鳴らし易いヴァイオリンが多かったということです。

全くの素人だった私ですが、いくつもの弦楽器店、ヴァイオリン工房のご好意で

650万円の著名モダンイタリー→200万円の有名新作→80万円のイタリア無名新作→30万円の中国新作

と楽器を辿っているうちに、良いヴァイオリンは価格、年代、国籍、そして製作者の知名度に関係なく存在するのだということを、身を持って体験できたのです。

「名器は必ずしも高価な楽器に限られたものではなく、30万円、50万円の楽器にも立派に存在し得るのだ」という現在の私の考え方のベースは、実はこの時にすでに確立されたものなのです。

今となってはその650万円のヴァイオリンが上記の書籍の中のどの楽器だったのか、改めて本を見直してみても定かではありません。当時の楽器を見る眼、記憶力は残念ながらその程度のものでした。
ただ、この書籍に載っている楽器が皆そのような鳴らない楽器であるということでは決してありません。
現に、その後別の工房で見た1台は大変良く鳴るヴァイオリンでした。また、私自身、この本の中の1台を販売する機会があったのですが、そのヴァイオリンも実に良く響き、まるでオールドイタリアンのような雰囲気の音を出してくれました。
ですから、この文章の意図はこの製作者、書籍の価値を貶めることでは決してありません。

見た楽器の本数ではなくどんな楽器を見てきたが重要

良いものに触れておけば、良くないものを嗅ぎ分ける力がつくとも言われています。確かに絵画でも彫刻でも写真集で見るのと、展覧会で実物を見るのとでは全然受ける印象が違うと思います。

弦楽器についても同じことが言えると思います。良いものを見なければ眼は肥えません。どんあに沢山楽器を見ても、それが量産品ばかりだったら、それは見たことにはならないのです。

マクドナルドとロッテリアを食べ比べて、その違いをいくら熱く語ってみても、それが料理の本質を現すことにはならないでしょう。 本格的なものを見ないと物の本質には近づけないのです。

ただ、一般の方が本当の名器、本格的なものを至近距離で見られるような展示会はなかなか有りません。非常に残念なことです。
だからこそ、私は本物に数多く接することができたプロとして、皆様に本物=本格的な楽器をご案内するという使命があるのではないかと思います。
私が見る楽器はオールドの名器“ストラディヴァリ”や“ガルネリ”、“ガダニーニ” など、私自身が手にするだけでも興奮する楽器もございます。 またそれらよりも新しいプレッセンダ、 ロッカ等の楽器も含まれます。
一方、フランス、ドイツ、チェコ等の非イタリアのモダン楽器、若手の無名の製作者や工房ものと呼ばれる新作楽器もございます。

私はイタリアの名工でなくても、またたとえ無名であっても、楽器としてのつくりや雰囲気が優れたものを感じさせてくれるものであれば、それら全てに触れ、隆起等楽器のつくりを直に確かめます。

私が楽器を見るときに注意して見ているポイントは何かというと、その楽器が「過去の名工が作った良い楽器の雰囲気」をどれだけ伝えてくれているものなのかということです。
つまり「過去の名工が作った良い楽器」との類似点、共通項が多ければ多いほど、良い楽器である可能性が高くなると考えることができます。
それはヴァイオリンのエッセンスは「ストラディヴァリを始めとする過去の名工が作った良い楽器」にあり、それはすでに200年~300年も前に確立されてしまっているということが大前提にあるからです。

ほとんどの製作者の最終的な目標は「名器の持つ究極の音」なのでしょうが、「名器の音」と言っても、それは弾き手によってかなり違ってきてしまいます。したがって、製作者にとって、音は目標とするには不安定で甚だ頼りない性質のものなのです。
ですから、名器を目標にすると言っても、 音からではなく、楽器のかたち、スタイルからアプローチせざるを得なかったのです。 名工の楽器のスタイル(かたち)を模倣することによって、その音に近づこうとするのが職人が採る正統的なアプローチだったのです。

それでは「良い楽器の雰囲気」というものはどうやったら作り出すことができるのでしょうか。 私はそれに必要なのものは、良い楽器を正しく見てそれを把握、分析、記憶することができる職人の眼や頭(ソフト)であり、それをそっくり形にすることができる技術(ハード)ではないかと思っています。

まず良い楽器があること。そしてそれを良く見ること。そしてそれを見て感じたものをきちんと現す力があるということが、良い楽器を生み出すために重要なのです。

当然見る方、選ぶ方にもそれを正しくキャッチできるだけのアンテナ(能力)が無くてはなりません。製作者がどういう楽器を見て、どういう想いでその楽器を作ったか、それを瞬時に判断するためには、まず見る側が古い時代の名器を何台も見て、それらに熟知している必要があります。

私は素晴らしい楽器に出会えた時、その楽器の様々な印象、特徴を 脳裏に焼き付けておきます。 多くの優秀な楽器に触れる事、その積み重ねこそが私の楽器商としてのデータベースであり財産なのです。
長年に渡って培ってきたこの財産によって、初めて製作者、楽器によるそれぞれのつくりの違いを感じながらも、その中から、名器に通じる普遍的なエッセンスというものをきちんと嗅ぎ分けられるようになるのです。

弦楽器サラサーテでは、著名な製作家のイタリアンオールド楽器はもちろんのこと、非イタリアの楽器、弟子作の工房製楽器、中国等無名の製作家の手による新作楽器に至るまで、この普遍的なエッセンスを求め、それを満たしたもののみを皆様にご案内するよう努めております。