イタリア新作ヴァイオリンを弾いたときに感じる疑問その2

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イタリアの巨匠が作ったというヴァイオリン、すごく高価な楽器を弾いてみたのだけれどあまり良い音とは思えなかった。
果たして これが本当にそんな凄い楽器なのだろうか?
それとも自分の耳の方がおかしいのだろうか?

ひょっとして、このような感想、疑問を持たれ、悩まれたことはありませんか?

私はこのようなことを思われる方は結構いらっしゃるのではないかと思っているのですが・・・

その原因として考えられることとしては

1)巨匠(製作家)の腕が落ちた

2)製作者本人が作っていない

3)本人の作とは似ても似つかぬ真っ赤な偽物

4)巨匠ではなく、実は宣伝広告によって作られた虚像に過ぎなかった

5)顧客をなめている、馬鹿にしている。真剣に作っていない

6)申し分のない良いヴァイオリンなのだが演奏者自身の好みではない

7)演奏者自身の耳(感覚)がおかしい、悪い

などではないでしょうか。

上記についての解説です。

これは、TVや雑誌で人気のラーメン屋やレストランに行ってみたけれど、感心しなかった、今ひとつだったというような経験とどこか似ているのではないでしょうか。

当初は一生懸命良いものを作っていたのに、有名になり、慢心してしまったり、忙しくなり 以前のような精度が保てなくなってしまう。ヴァイオリン製作の世界でも似たようなことがありそうです。

また、大々的な広告宣伝によりブランディングされたものの、実はそう実力は無く、中身が浅い場合もあるでしょう。人はイメージ戦略に弱いので、宣伝によって作られた虚像にもかかわらず、盲目的に良いものと信じてしまうのです。

本人が一から十まで全て作るわけではないのは、ストラディヴァリでも著名レストランのシェフでも同じことです。監督の眼が行き届いていれば、そして出すべきではない低い水準の作品を厳しく排除できていれば、全ての工程が本人によって成されたかどうかは問題ではないでしょう。ですから本人が作っていないことが問題ではなく、巨匠の目が隅々まで行き届いていないこと、製作水準が保たれていないことがあるとすれば、それが問題なのです。

明らかに客をなめた(ヴァイオリンの場合であれば日本の市場を甘く見た )意図的に水準を落としたものづくりをしているケースも中にはあると思います。
これは先に述べた慢心とも関連するかもしれませんが、名前だけでモノが売れるようになると、どうせユーザーには違いがわかるはずがないと、少しずつ手抜きをして楽なものづくりをしたり、また、水準の低いものが出来てしまってもそのまま出してしまうような言わば手抜き行為が行われるのです。
でも、特別なお客様、大切なお客様、ヴァイオリンの場合ですと著名な演奏家などには、きちんと作った楽器を見せたり、渡したりしているのかもしれません。
もっとも、意図的にではなく、自分のものづくりの水準が低くなったことに気づけずに、そのまま出してしまっているとしたら、もっと目も当てられないことにはなるのですが・・・

真っ赤な偽物はヴァイオリンの場合ですと、ネットオークション等で散見されます。
実に能弁な解説が書かれてありますが、似ても似つかぬものが紹介されています。もちろん、ネットだけでなく実店舗においても真っ赤な偽物が存在する可能性はあります。

ただ、偽物であっても、限りなく本物に近いものもあります。これらは、本物の値段で売られない限り、そして「本物ではない」ということがはっきり明記されたり説明されていれば、問題はないでしょう。楽器(道具)としては申し分の無いものがほとんどだと思います。これらについては忌み嫌われるべきものではありません。 本物ではなくても本格的な楽器には違いはありません。

以上、上記の項目 1)から5)までは、作り手側の問題です。巨匠作ということで、たとえ値段は高くつけられていたとしても、実際は中身の伴わない大したことのない楽器なのですから、弾いてみて良いものと感じられなくてもそれは当然だと言えるでしょう。

6)の自分の好みではない というのは、これは仕方が無いことだと思います。
どんなに質の高い料理でも好きな味ではない、自分の好みではないと思うことはあると思います。もちろん自分の経験不足によって、その良さがわからないということはあるかもしれません。しかし、将来的にこれは良いと思うはずだからと無理に良いものと思い込むことは無いと思います。それは自分の心に正直ではなく、自然ではないからです。
例えば、幼児に将来的に美味いものだと感じるはずだからと言って、山葵を無理やり食べさせる親はいないでしょう。 幼児は辛いものは食べられないのが自然なのです。

問題は7)のケースです。それが正しい判断であったのかどうかの判定が自分自身では難しいことがあるからです。

6)のケースで書きましたように、楽器は申し分の無いもの、素晴らしいものであったとしても、ご自分の経験不足から、その楽器の良さが十分にわからないということは確かにあるとは思います。

問題は楽器自体に問題がある場合、つまり1)~5)で述べたようなケースなのです。

ヴァイオリン自体は大したものではないのにも関わらず、「まさかこんなに有名な製作家の、そしてとても高価なヴァイオリンが悪いはずがない、きっと自分の方が未熟でその素晴らしさを理解できないだけなのだ。きっと自分の感覚がおかしいだけなのだ。」と勘違い、思い違いをしてしまうことなのです。
それでは、せっかくご自分の感覚、感性が黄色信号、赤信号を出しているのに、間違った情報の方を正しいものと勘違いして上書きしてしまうことになります。

ただ、そのように無理やりに自分に思い込ませたとしても、何となくおかしいというような違和感はずっと残りますので、「巨匠の作という高いヴァイオリンを買ったのだけれど、何だか昔使っていたもっと安い楽器の方が 良い音がするように思える。」などとつぶやく人も出てくるわけです。

それを防ぐためには、私が好きな言葉なのですが、

「最も良いものに触れておけば、良くないものを嗅ぎわける力がつく」

( 轡田 隆史 「考える力」 をつける本2 より )

を実践するしかありません。
それには本当に良いヴァイオリンを見ること。名前だけで楽器を選んでいるようなところではなく、本当に見る眼を持った楽器店を探すことです。

 

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