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Noriyuki Matsushita の Cremona 便り 第四回

第4回「理由」

弦楽器製作という仕事は、決して裕福な生活ができる職業ではありません。純粋に 製作という仕事だけでは、たとえ優れた能力を持っていたとしてもせいぜい普通の暮 らしができる程度です。 言い換えれば、能力がなければ普通の生活もできないという ことになります。
私がこのように不安定ともいえる職を選んだのは、単に生活のためだけということではなく、他に大きな喜びを感じることができる理由があるからです。

その第一は「物を作り出す」ということです。現在私は1台に約2ヶ月の期間を費やしていますが、 その2ヶ月の間、一つ一つの作業に最大限の集中力を用いて楽器を作り上げていきます。 そしてすべての作業が終わり完成した楽器を眺めていると、なにか他にはない、楽器が自分の体の一部、いや自分自身ともいえるような気がしてきます。
人間の手は必ず個々の癖というものを持っていて、それは決して他人には真似のできないものです。しかもこの仕事はすべて手作業なので自分自身の楽器であって も一台一台微妙に違う雰囲気が出ます。これが更に楽器に対する愛着の沸かせかたを後押しするのです。

第二は、そうやって製作した私の楽器を「演奏家が奏でる」ということです。 実際に私の楽器を使用して演奏されているのを聞いていると、あたりまえのことですが 「本当に自分の楽器がこの曲を奏でているんだな」と、しみじみと思ってしまいます。
弦楽器が他の芸術作品と違うのは音を出すというところです。「芸術作品」であると同時に演奏家が音楽を奏でる「道具」であります。いくら作品としていい仕事 をしていても音が良くなければどうしようもありません。
こうした二つの顔を持っていることも この仕事の非常におもしろいところです。

そして最後の理由は、このようにいろんな思いが入った自分の楽器が「長く生き 続ける」ということです。 私がこの世と別れを告げた後も、楽器はその後何百年と生き続けます。私自身の姿はなくなってしまっても、その分身ともいえる楽器は遠い未来でも奏でられ続けるのです。ただ、このように寿命の長い楽器の将来の姿を自分で確 かめることができないのは非常に残念なことです。 奏者から奏者へと受け継がれていき、多くの名曲を奏でる姿をこの目で見ていきたいものです。 この仕事をしていて唯一不満があるとすれば、そのことくらいでしょうか。

こうした理由から、私が自身をこれほどまでに奮い立たせることができるのは弦楽器製作しかありえないといつも思います。
「好きなことを仕事にしてはいけない」 という言葉をこれまでに何回か耳にしたことがありますが、どうやら私はいちばん好きなことが 仕事になってしまったようです。
そしてこれからも私は、更によい楽器というものを追いつづけ、この仕事と共に生涯を終えることになるでしょう。

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