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「同行二人、弦の旅」 辻 久子|対話講座 なにわ塾叢書77

辻 久子書籍 同行二人、弦の旅

同行二人、弦の旅

辻 久子
対話講座 なにわ塾叢書77
ISBN 4-8339-0177-3

この本は1999年に4回に渡って行われた、「なにわ塾・辻 久子講座」を本にまとめたものです。講演会でヴァイオリン奏者の辻 久子が話したものを文章化したものなので、ある意味大変わかりやすい言葉で書かれていて、大変読みやすく、一気に読めてしまうと思います。

辻 久子は1926年の生まれということなので、(2013年)現在、87歳ということになりますが、この本を読みますと、戦後の大変な時期を、ヴァイオリン、クラシック音楽とともに生きてこられたことがよくわかります。

ヴァイオリニストであり指導者である父親の下で厳しいヴァイオリンの練習の日々を続けられたことが書かれていますが、練習は嫌で嫌で仕方がなく、練習から逃れるために、楽器を壊してみたり、わざと指を切ってみせたりしたこともあるそうです。
そのお父さんですが、ヴァイオリンの練習のために小学校を休学させ、その代わりに家庭教師を付けていたといいますから、徹底しています。
また、すぐに弾ける曲をできるだけ沢山持っていなければプロとしてはやっていけないという信念の下に下記の様なユニークな練習法も編み出します。

いろいろな曲を練習しますので、だんだんレパートリーが増えてくるでしょ。それをいつでも弾けるようにしておけと言うんです。一つの曲を何か月もかけて練習して、やっとステージで演奏するようなことではプロとは言えないと。少なくとも今まで練習してきた曲は、言われたらすぐに弾けるように準備しておきなさいということなんです。そして、こんなことをやらされました。
それまでに練習した曲を小さい紙切れに一曲ずつ書いて、読んだあとのおみくじのようにねじって、箱に入れておくんです。一日の稽古が終わったあと、その箱から一枚抜いて、当たった曲を弾かされるのですが、あれは本当にいやでした。「わあ、モーツァルトの5番や」という感じでね(笑)。それを弾き終わると、今度は別の箱に入れさせられます。そうしますと、20曲あれば20日で一曲ずつ弾く勘定になって、紙切れは全部その箱に入ります。それで終わりかと思ったら、また、一曲ずつ弾いて前の箱に戻していくんです。―中略― コンクールに出る頃まで、それをずっと続けさせられました。最終的には100曲ぐらいになったと思います。

何とも壮絶な練習法ですね。でもそのおかげでコンクールで一曲弾くぐらいは容易なことになったとのことです。

またオイストラフが初来日を遂げる際に陰で動いた人の話など、そして辻 久子はオイストラフに大変可愛がられ、練習からリハーサルなど何でも聴くことが許されていた事など、興味深い話を知ることができます。

何と言っても、この人、辻久子の名前はクラシックファンだけでなく、「家を売ってストラディヴァリを買った」というセンセーショナルなニュースで多くの人に知れ渡ったのですが、それも1973年のことだと言いますから、今このブログをお読みの方々の大半は辻 久子の名前もそのニュースもご存じないかもしれませんね。

近鉄百貨店の展示会でストラディヴァリが3500万円で売りに出されていたということなのですが、ヴァイオリンが百貨店で売られるというようなことを聞きますと、今とは違い、当時の百貨店というものがいかに権威のある、国民の憧れの存在であったかということがわかります。因みに余談ですが、私の妻も、その昔に百貨店の展示会でラミーの弓を買ったとか・・

この本には、そのストラディヴァリを手に入れる話だけでなく、それまでの楽器遍歴、J.B.ガダニーニやシュタイナー、ヴィヨームなどの話も詳しく書かれていますから、ヴァイオリン愛好家、楽器マニアは見逃せません。また、調整のことなども演奏家の視点で色々と述べられ、非常に興味深いものがありました。

ともかく、私自身、「こんな本があったのか」という驚きと内容の面白さで一気に読み進んでしまいましたが、ヴァイオリン愛好家、演奏者には見逃せない本ではないでしょうか。