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アイザック・スターン| 初来日時の貴重な記録|N響85周年記念ライヴ・シリーズ

N響85周年記念ライヴ・シリーズ・アイザック スターン
KING/KKC 2003-4

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
クルト・ウェス、ジャン・マルティノン指揮 NHK交響楽団

N響85周年記念ライヴ・シリーズの中の1枚。これはアイザック・スターン33歳、初来日時の貴重な記録です。録音は1953年、日比谷公会堂。最後の熱狂的な拍手を聴きますと、いかに当時の日本の聴衆が外国人の本格的な演奏に飢えていたか想像がつきます。

スターンはヴァイオリンの音の魅力で曲を聴かせるというよりは、曲そのものを自らの構成力、推進力で聴かせるタイプの演奏家ではないかと私は思います。ですから、ソリストにもかかわらず室内楽の録音も数多くありますが、それら皆曲の真髄を伝える素晴らしいものだと思います。

3曲の中で最も私が感銘を受けたのはベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲です。
端正でいながら決して生命力を失わない格調の高い演奏だと思います。1楽章のカデンツァ(ヨアヒム)が特に聴きものです。日比谷公会堂の超デッドな音響の中でよくこれだけの演奏ができたものだと感心いたします。

ところで、ライナーノートに当日の演奏評が当時の雑誌(『音楽の友』1953年 11・12月号)から引用されて載せられています。
大変興味深いことが書かれていましたので、その部分をご紹介いたします。

ブラームスの協奏曲の終わり近く、スターンの楽器の弦が切れ、コンサート・マスター、クリングの楽器をとりあげ弾き終わったが、この間の音色の違いの甚だしさは随分とそちこちで話題の種になったものである。事実その音の美しさの違い方は全く雲泥の差で、楽器を変えてからの演奏は幻滅であったが・・・・。

それでは当該箇所がどこかと注意深く聴いてはみるのですが、ヴァイオリンの弦が切れた時の雑音等がはっきりと聴こえるわけではないので、切れた箇所がどこかはよくわかりません。
ただ音程が明らかに大きくはずれる箇所があったので、そこで弦が切れたとかペグがゆるんだ可能性はあるのかなとは思います。
その後の演奏は確かに荒っぽい印象はあるのですが、多少の音の荒さはスターンの芸風でもありますし、いくら名人とはいえ、突然のアクシデントに全く動揺しないわけはなく、急に別のヴァイオリンに持ち替えたための楽器のコントロール不足と取るのが妥当なのではないかと私は考えました。
果たして、実演では当時の批評にあるような、幻滅するほどのヴァイオリンの音の差が本当に感じられたのでしょうか?

そこで私はある話を思い出しました。
おそらく田中千香士氏だったと思うのですが、スターンは本番の時はいつもダブルケースに2台のデル・ジェスを入れていて、協奏曲のときはオーケストラのコンマスにその中の1台をオケの中で弾かせておくというエピソードを、雑誌か何かのインタビューの中で話されていたのを読んだ記憶があります。

もしそうであったなら、その時持ち替えたヴァイオリンもスターンのデル・ジェスだったのでは・・・と私は推理しました。そしてそれならば持ち替えても楽器の差、楽器の格の差は無いはずだったのでは?と

その2台のデル・ジェスとは1737年作“Panette”、1740年作“Ysaÿe”なのですが、いつ購入したかについて調べてみますと、スターンの自伝『アイザック・スターンすばらしきかな、わがヴァイオリン人生』 (大森洋子訳 清流出版)にそれは書かれていました。
本書に因りますと“Panette”は1945年に購入、もう一方の“Ysaÿe”は1965年に購入とのこと。そうなりますと、この1953年の初来日のときには“Ysaÿe”の方は持って来ているはずはありませんね。

残念ながら私の推理は見事にはずれました。